今読むべき本はコレだ! おすすめビジネスブックレビュー 第32回

日本社会の閉塞感を解消するための働き方&ジェンダー改革の勧め


『あなたの会社、その働き方は幸せですか?』 上野千鶴子・出口治明 著/祥伝社

ライフネット生命保険創業者で立命館アジア太平洋大学学長の出口治明氏と、東京大学名誉教授でNPO法人ウィメンズアクションネットワーク理事長である上野千鶴子氏がこれからの働き方、特に女性や非正規労働者、外国人労働者、日本型経営のあり方について語りあう。

文/土屋勝


エリートコースからの挫折が転機となった

出口氏と上野氏は1967年、京都大学に入学している同期生だ。もっとも出口氏は法学部、上野氏は文学部だったので在学中に接点はなかったという。

出口氏は大学卒業後、日本生命に就職し、エリートコースを歩む。国際業務部長時代に少子化への対応策として、世界に進出しなければ日本生命は生き残れないと国際化戦略を立てる。だが、2年後の社長交代で国際化方針は撤回されてしまう。リスクを取る海外進出ではなく、国内市場を食い合えば良いという守りの戦略。新社長と対立した出口氏は子会社に出向という「左遷」を食らった。

ここから出口氏の第二の人生が始まる。2006年、56歳で日本生命を退職し、ライフネット生命の前身であるライフネット企画を立ち上げる。08年には戦後初の独立系生保会社となるライフネット生命を創業した。

上野氏はフェミニズム活動家として、「闘士」のイメージが強いが、教師、研究者、社会活動家という3種類の仕事で常に人の2倍、3倍働いてきたという。3つの職業を掛け持ちするのは、何か一つの仕事がなくなっても困らないため。他の仕事がどんなに忙しくても、授業や学生指導は手を抜いたことはなかったという。目立つことをやっていて叩かれやすい立場だったからこそ、足元はしっかり固めておく必要があった。

大学教育のあり方

二人は、日本の大学とアメリカの大学を比較すると、日本の学生はとにかく学ばないという。教員が高等教育の教育付加価値を付けるノウハウを持っていない。放任主義でほったらかしになってしまう。特に二人が学んだ60年代の京都大学は徹底的な放任主義だった。上野氏は「大学で教育を受けた記憶がありません」、出口氏も「ゼミを半年ぐらい休んでいても先生は何も言わない」と語っている。

上野氏は独学で“女性学”という誰も指導者のいない学問を創り出すことができたが、東京大学ではアメリカ式の教育付加価値を付ける授業スタイルを採用した。上野ゼミでは学問への取り組み方を徹底的に学ぶことで、学問以外の場にも生きるスキルが身に着くと言われる。「上野ゼミで打たれたことに比べたら会社なんかちょろいもんだ」と。

出口氏は、大学だけでなく企業にも人材を教育するノウハウがないという。まっとうなマネジメントが存在しないから、人材育成もいい加減。生産性を上げるためと言いつつ精神論を説くだけで、科学的な方法を研究しようという姿勢が希薄だと言い切る。これでは科学的・系統的に裏付けられた欧米企業に追いつけない、負けるのは当たり前だ。

女性を排除し、非正規雇用者に犠牲を強いる日本型経営の5つの「癌」

出口氏がライフネット生命で実践したことに「新卒一括採用、終身雇用制、年功序列給、定年制」の廃止がある。悪しき労働慣行が日本型経営を支えてきたが、それは人口増加と高度成長という一時期にしか成り立たない。上野氏は4つの労働慣行に加え、日本型経営の病巣として企業内労働組合の存在を指摘する。労組は女性を構造的・組織的に排除し、非正規雇用者にしわ寄せを持っていくことで男性正社員だけの利益を守ってきた。

「就職」ではなく「就社」。新卒一括採用で無限定勤務を前提とする日本型メンバーシップ型雇用では労働者に長時間労働や勤務時間後の「飲みニケーション」という時間外労働が半ば強制される。本人の希望や家庭・地域の事情を無視した転勤もある。女性を明白に排除するわけではないが、どうしても家事や育児を押し付けられる女性は残業や飲み会、転勤に対応することが難しい。結果として女性をキャリアパスから排除している。

出口氏によれば、もともと日本には一つの組織に忠誠を尽くすという発想はなかった。武士は「七度主君を変えねば武士とはいえぬ」(藤堂高虎)と、いい主君を求めて転職するのが当たり前だったという。主君に命を預けるというのは明治政府が国民国家を作るため、天皇制と家制度をセットにして朱子学で飾り立て、市民宗教に仕立て上げた。男尊女卑、家がすべてという発想も同様だ。

上野氏は、日本の女性の地位は、明治時代の近代化とともに低下したという。農家や商家に専業主婦はいなかった。働ける者はすべて働く、一家総労働が前近代までの家族であり、家計の実権を女性が握っていた。江戸時代には女子が相続する姉家督や末子相続もあったが、明治政府は相続を男子に限定した。明治になって、「女は男を頼って家で待つ存在である」という「伝統」がでっち上げられた。

さらに戦後、日本政府は配偶者控除と社会保険の第3号被保険者という制度、「男は仕事、女は家事」という性分業・性差別を推進した。女性は消費を担うともてはやされたが、実は家事・育児・介護・看病といった家庭内でのタダ働きを強いられた。

男女性分業・性差別は戦後76年が過ぎても変わっていない。2019年に世界経済フォーラムが発表したジェンダー・ギャップ指数で日本が153か国中121位となり、「121位ショック」と言われた。女性議員が極端に少ないという政治分野での男女不平等が大きな要因だが、経済・教育・健康という他の分野でも同じようなものだ。候補者や議席に一定の女性比率を割り当てるクォータ制も、少子化対策もまったく進んでいない。

日本はすでに危機的状況にあるのに、男性指導者たちはそれを実感できていないようだ。人口の男女比はほぼ半々だから、能力のある人の割合も半々になる。だけど政財界トップはクォータ制には賛成できない、女性だからと言う理由で能力のない人をポジションにつける“逆差別”になるという。でもそれは、男性ならば能力がなくてもポジションにつけてきた“差別”にほかならない。

「おじさん」の再生産が続く

上野氏は外の世界を知らない中間管理職を「粘土層」と呼ぶ。粘土層はその企業の中だけで育ってきた。団塊世代が退職すれば社会の風通しが良くなるかと思っていたら、「おじさん」は再生産された。40代、50代の中間管理職も会社化されたおじさんになってしまう。粘土層は壁を作り、女性がその先に進むことを拒んでいる。

それどころか、若者のおじさん化も進んでいる。

上野氏が2019年に東京大学の入学式で述べた祝辞が話題となった。

東京大学入学者の女性比率は2割以下にとどまっている。高校までの偏差値競争に男女差別はないが、大学に入る時点で性差別が始まっており、社会に出ればもっとあからさまな性差別が横行している。東京大学もその一つであり、全教員中、女性教授は7.8%。女性学部長・研究科長は15人のうち1人、歴代総長に女性は一人もいない。

祝辞の中で、上野氏は次のように語った。

「あなたたちのがんばりを、どうぞ自分が勝ち抜くためだけに使わないでください。恵まれた環境と恵まれた能力とを、恵まれないひとびとを貶めるためにではなく、そういうひとびとを助けるために使ってください。そして強がらず、自分の弱さを認め、支え合って生きてください」

https://www.u-tokyo.ac.jp/ja/about/president/b_message31_03.html

このスピーチに対し、「こんなの祝辞じゃない」「祝う気あるの?」とディスった新入生が少なからずいたという。上野氏は「これは18歳のおじさんだ!」と呆れた。社会が変わらなければおじさんは再生産され、女性も若者もおじさん化する。

出口氏はおじさん的な古い考え方がいかに社会を停滞させ、人々を不自由にしているか、おじさんの再生産を止めなければいけないという。だが上野氏は、おじさんたちはいくらディスっても滅びないという。おじさんたちを倒すには本人たちが変わろうという動機を持つしかない。その動機をどうやって持たせるのかが肝心だ。

毛沢東は「天の半分は女性が支える(婦女能頂半辺天)」と言った。人類の半分は女性が占めている。

性差別を温存していては企業も国家も発展しない。男性だって疲弊し、消耗していくだけだ。男女性差別は非正規労働者や外国人への差別とも繋がっている。100年余りで刷り込まれた差別意識と固められた差別制度を打ち破るのは難しいが、放っておけば少子化で消滅するといわれるこの国を、どうにか変えていかなければならない。本書はそんな日本の現状に危機感・閉塞感を持っている人にお勧めの一冊だ。

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筆者プロフィール:土屋勝(ツチヤマサル)

1957年生まれ。大学院卒業後、友人らと編集・企画会社を設立。1986年に独立し、現在はシステム開発を手掛ける株式会社エルデ代表取締役。神奈川大学非常勤講師。主な著書に『プログラミング言語温故知新』(株式会社カットシステム)など。