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2021/06/17

あの人のスマートワークが知りたい! - 第26回

話題の映画『夏への扉』プロデューサーに聞く映画業界のデジタル化と働き方


映画プロデューサー小川真司氏に聞いた

この30年で最もデジタル化が進んだ映画業界。デジタル化の光と影について聞くとともに、世界初の映画化で話題の『夏への扉―キミのいる未来へ―』(2021年6月25日公開)制作秘話や、あまり知られていない映画プロデューサーという仕事について、根掘り葉掘り聞いた。

文/豊岡昭彦


株式会社ブリッジヘッド
代表取締役社長・プロデューサー
小川真司
1963年、三重県鈴鹿市生まれ。早稲田大学法学部卒業後、株式会社アスミック(現アスミック・エース株式会社)入社。プロデューサーとして、『ピンポン』(2002年)、『ジョゼと虎と魚たち』(2003年)、『ハチミツとクローバー』(2006年)、『しゃべれども しゃべれども』(2007年)、『グーグーだって猫である』(2008年)、『ノルウェイの森』(2010年)などを手がけた。2012年、株式会社ブリッジヘッドを設立。独立後は『陽だまりの彼女』(2013年)、『ピンクとグレー』(2016年)、『ナラタージュ』(2017年)、『リバーズ・エッジ』(2018年)、『パパはわるものチャンピオン』(2018年)、『浅田家!』(2020年)などを担当。日本を代表する映画プロデューサーの1人。

映画プロデューサーという仕事

―― 最初に、映画のプロデューサーというのがどういう仕事か、お話しをいただけないでしょうか。

小川 僕は企画がメインですけれども、プロデューサーといっても、大きな作品になるといろいろな役割の人がいるんです。たとえば、ラインプロデューサーという現場のプロデューサーもいます。それから、映画を撮影して完パケまでの管理をするプロダクションに所属するプロデューサーもいますし、原作権を取ってくるだけのプロデューサーもいます。あとは映画会社の担当者として、プロデューサーという肩書きで参加する人もいます。さらに、出資者という立場、あるいは配給会社の立場というプロデューサーもいます。

僕は、主に作品の中身をプロデュースすることをやっていますね。基本的には、映画の企画を立案し、出資者を募り、製作から興行までの一連の流れを管理する人みたいな感じです。企画を立てて出資者を説得するみたいなところから始まるわけですが、企画の要素は大きく言うと、「脚本」「キャスト」「監督」という、3つになるんです。出資者は、この3つを見て、お金を出すことになるので、プロデューサーの仕事として企画を立ち上げるというのは、まず、そこを固めることになります。この話なら俳優は誰がいいのか。あるいは、この女優ならどんな話がいいのか、この話だったらこういう監督がいいとか、そういうことを決めることになります。

―― 小川さんは、映画会社から独立されて、個人でプロデューサーをしていらっしゃるわけですが、小川さんが個人ですべての企画を立てて、映画会社などにプレゼンするということになるんですか。

小川 いろいろなパターンがあります。映画会社からこういう企画でなんかやってくれないかとか、監督からこの原作をやりたいんだけど、という相談もあります。それとは別に、自分で企画を立てて、それを映画会社に持ち込むというのもあります。芸能プロダクションがこの役者で映画を作りたいと言ってきて、それを受けて企画を立てるときもあります。あるいは、すでに企画はあるけれども、まだ配給会社は決まっていないので、配給会社を探すということもあります。いずれにしても、出資は1社だけではなく、いろいろな会社に話をしてお金を集めることになりますね。

―― 映画会社に所属せず、フリーランスで映画のプロデューサーをやっている人は、日本では何人くらいいるんですか。

小川 企画は、映画会社に所属しているプロデューサーがやっていることが多いですね。フリーランスでやっている人は、ほとんどが現場のラインプロデューサーで、もちろん現場のプロデューサーが企画を立てて持ち込むこともありますが、僕のように企画をメインでやっているのは、日本で数人しかいないと思います。

―― 小川さんは、もともとアスミックエースという映画会社でプロデューサーをされて、『ジョゼと虎と魚たち』(2003年)や『ハチミツとクローバー』(2006年)、『グーグーだって猫である』(2008年)、『ノルウェイの森』(2010年)など、多くのヒット作をプロデュースされました。独立しようと思ったのはどうしてですか。

小川 一番の理由は、映画を作るときにもっと自由に作りたいというのがありました。小さな作品も大きな作品も、プロデューサーの労力はあまり変わらないのですが、そのサイズ感は内容によって変わってくるんです。僕は、大きな作品も小さな作品も両方やりたいと思っていたのですが、会社はどうしても儲かるほう、大きな作品をやってほしいということになりますよね。たとえば、新人監督で無名のキャストで、こぢんまりとしたいい映画を作りたい、みたいなときには、社員だとできないんですよね。会社から独立したときは、作りたいものを作るみたいな気持ちでした。

ただ、会社を辞めて自分でお金を稼ぐとなると、自分の企画だけをやっていたら食えないというのはわかっていました。自分で立てた企画の場合は、出資者が付いて、作品を作ることが正式に決まらないとギャラは貰えません。それが決まるまでの数カ月は無収入ということになってしまう。それだと食えない……というのがあったので、映画会社からの依頼に対して応えていくということをメインにして、仕事を始めたという感じですね。だから、自分の企画よりも、ほかの人の企画を手伝うことも多いですね。

―― 小川さんがこれまで担当された作品は、非常に印象的な作品、たとえば『ノルウェイの森』(2010年)や、最初の頃の『ジョゼと虎と魚たち』(2003年)もそうですし、独立された後も『ナラタージュ』(2017年)や『リバーズ・エッジ』(2018年)、昨年ヒットした『浅田家!』(2020年)など、印象に残る作品が多いと思います。ご自分の企画だけではないのに、こういう作品に次々に関われるというのは、小川さんに相談したら面白い映画ができるんじゃないかという、そういうブランド的なものがあるということでしょうか。

小川 それも若干はあるとは思います。僕が村上春樹さん原作の『ノルウェイの森』をやったことがあるからか、一時期、「村上さんの原作で『1Q84』をやりたいんです」という相談がたくさん来ました。「いやいや、そんな、無理ですよ」ということなんですが……。みなさん、僕に頼めば実現するかもと思うということですね。

たとえば、行定勲さんが監督の『ナラタージュ』を例に取ると、行定さんがずっと10年ぐらい企画を温めていて、「島本理生さんの小説『ナラタージュ』を原作にして、映画を作りたいんだけど、一緒にやってくれないか」みたいな相談がありました。それで、行定さんと一緒にこうしたらできるんじゃないかという相談をして、その企画を僕の古巣のアスミックエースに持ち込んで、アスミックエースと東宝のOKをもらって映画化を実現させたんですね。

―― なかなか映像化しにくいだろうなという小説や漫画を実写化するのが小川さんの力量だと思うのですが、どういうところが他の人たちと違うんでしょうか。

小川 配給会社で、映画を売る立場でプロデューサーをやっていたので、作品のクオリティと商品性のバランスというか、落としどころを、ある程度経験値でわかっていることは大きいと思うんです。感覚的に、これならこのくらい売れそうとか、これだと予算がオーバーしているとかいうことにアジャストできるということですね。

『ナラタージュ』の場合が一番わかりやすいと思うのですが、原作はとても地味な小説で、派手なことは何も起こらないし、爽やかな話でもないわけです。そうすると、普通は小さい予算で映像化しようとしてしまう。逆に、今のマーケットだと、こうした話を小さい予算でやりたいというと、映画会社からは「難しいね」と言われてしまう。DVDがいっぱい売れていた時代なら、とにかくタマ(作品)が欲しいから、「それぐらいだったら出すよ」ということで、内容の善し悪しとは関係なく、予算感で決まっていたのですが、今はそうでもない。だから、スターが前面に出るような映画にしてメジャーにしたほうが、映画化できるんじゃないかということを行定監督に言いました。そうしたら、行定監督が「松本潤くんに会ったことがある」とか言って「おっ、松潤。いいじゃないですか」と。松本くんは僕も仕事をしたことがあったし、ジャニーズ事務所との関係性も近いので。それで、ジャニーズ事務所に話をしたら「是非、お願いしたい」となったんですね。

内容的には、原作は回想の話で東京が舞台なんですが、東京だとたぶん観る人にはそんなに刺さらないだろう。ちょっと違う世界の空気感を作ったほうがいいだろうと思って、地方ロケにしようということになりました。松本くんが仕事の関係で、あまり遠くへは行けないというので、新幹線が通っている富山になりました。映画の内容と、現実のバランスを全部落とし込んでいくのが僕の仕事ですね。クリエイティブ的な仕事とマーケティング的な仕事を相互に反映させていくのがプロデューサーの仕事ということになるのかもしれません。

―― 昨年公開された『浅田家!』も、地味な話をすごくいい話に仕上げていました。

小川 そうなんですよ。『浅田家!』は、三重県出身の写真家浅田政志さんの話ですが、僕の実家が三重県ということで、地元でこぢんまりと、あまり予算をかけずに楽しく作れればいいなと思っていたんです。ところが、中野量太監督を入れて脚本を進めていったら話が大きくなってしまい、1億円ではできない、3億円以上かかるぞと。それで考え方もキャスティングも一新して、二宮和也くんや黒木華さんなどメジャーキャスティングにして、東宝に話を持ち込んだいうことですね。

不朽の名作『夏への扉』の映画化に挑戦

―― そして今年、6月25日からようやく公開される(2月公開予定がコロナ禍で延期された)のが、SF小説不朽の名作と言われているロバート・A・ハインラインの『夏への扉』を映画化した作品です。世界初の映画化ということですね。

小川 『夏への扉―キミのいる未来へ―』は、僕がちょうど独立したときに、懇意にしていた映画会社のプロデューサーさんから「企画を出してください」という話をいただいて、提案した3本の企画のうちの1本だったんです。東日本大震災のあった2011年に、演劇集団キャラメルボックスが『夏への扉』の公演をしていたので、権利が取れるなら、映画化できるんじゃないかなと思ったんですね。実はそこから権利を取るのは、すごく時間がかかったんですけど。そのエージェントが辞めちゃったので、誰にコンタクトしていいかわからない状態がけっこう続きましたね。

この映画を作る上で、一番難しかったのは、時間設定をどうするかというところです。原作の小説が1957年の作品で、作品中に描かれる近未来が1970年で、そこから時間旅行をしていく先が2000年、つまり現代人からしたらどちらもすでに過去です。だからその未来設定をどうするかというところのバランスが一番苦心したところです。あまり先の未来世界にしてもお金がかかるし、かといって未来観がないと、この話自体が成立しない。そのため、微妙に現代よりちょっとだけ未来という設定に落ち着くまでが大変でしたね。

―― 制作者として、できあがりには満足していますか。

今、『夏への扉』の原作を販売している早川書房が、SF関係者に試写を観てもらっているのですが、僕が思っていたより評判がいいんですよ。青春時代に原作を読んだおじさんたちの評価が圧倒的にいいみたいなんです。原作に熱烈なファンがいればいるほど、映画に対して拒否反応を示す人は一定数はいるんです。原作と映画は別物なので、それはそういうものだと思っているんですが、原作のテイストをそのまま移し替えることができるかどうかがポイントだと思うんです。

今回、原作には出てこないヒューマノイドタイプのロボットを出しました。小説は一人称で書かれているので、主人公があっちに行ったりこっちに行ったりして、悩んでいたりしても話が持つのですが、映画は客観になるので、モノローグをたくさん入れて、場所や出会いを増やさないと主役の内面を表現しづらいんですね。テンポよく進めるためには、誰かバディがいたほうがいいという話になって、それならロボットがいいんじゃないかと。これってけっこう僕たちが影響を受けた80年代とか90年代前半のSF映画のテイストなんです。『エイリアン2』に出てくるロボットのテイストにオマージュして作っています。日本映画なので、未来世界を再現するためのCG予算はすごく少ないわけなんです。そこを美術とロボットでカバーしたのが成功した理由かもしれません。

僕も今回うまくいくかどうか、わからなかったんです。だからSF好きの人たちに評判がいいということなので、自分でもやってよかったと思っています。そして、改めて『夏への扉』をみんな好きなんだなあと。

―― 猫の扱いが難しいとか、そういうのはなかったですか。

小川 猫は、もうある程度慣れているので。猫オーディションをして、どういう猫を選べばいいかというのも、ある程度わかっていました。猫映画は、もう3本目ですかねえ。『グーグーだって猫である』と、『陽だまりの彼女』も猫映画だったので。

猫が出るのは、いいなと思っていました。企画としては、『夏への扉』はいい原作だとは思っていたんです。ただ、おじさんの評価がよくとも、若い人が観てくれないと、興業成績が上がらないので、それが心配です。

映画業界のデジタル化と働き方

―― 映画業界は、この30年くらいで一番デジタル化が進んできた業界の一つかなと思います。制作側でいうと、カメラがデジタル化され、CGも多用されるようになりましたし、映像編集もデジタルで切り貼りが容易になりました。それから、映画館もハードディスクに映像を入れて映写するようになったとか、あるいは視聴者の人たちも、パソコンでもスマホでも映画が観られるようになり、映画をとりまく環境が大きく変わった30年間だったと思いますが、映画のデジタル化については、小川さんはどんなふうに思っていますか。

小川 映像編集がノンリニアになってからもう20年以上経っていますね。最初はビデオで撮影して、それを取り込んでノンリニア編集をしていたんですけど、もう今は撮影から編集、映写まですべてデジタルになっています。撮り素材を全部、サーバーに入れて、編集がそれにOKテイクを出して、整理して、つないでいくみたいな感じです。便利ですけど、でも結局作業する時間は変わらないですね。いろいろなパターンをいつまで経ってもやれるんで。もう時代の流れなので。それはもうある程度しょうがないというか、いいところと悪いところと両方ありますよね。

―― いいところはどんなところですか。

小川 映画の現場だけではなく、企画書を作ったり、メールでの連絡など他のこと全般もそうですけど、やはり作業効率が上がったというのはあります。映像の編集も、つなぎ直したりすることも、シーンの入れ替えもあっと言う間にできるし、デジタルで編集して、サーバーに上げれば関係者が自宅で観て全部チェックすることができます。以前は、試写室にみんな集まってやっていたことが自宅のパソコンできる。ミーティングもオンラインでもできる。そういう作業効率は上がっていますよね。

それから時代劇の合戦のシーンとか、アナログの時代には500人の群衆なら500人のエキストラが必要だったのが、今は数十人の人で撮影してコピーして増やすことができるので、低予算でも大群衆の撮影が可能です。それから、電柱とかあっても、後で消せばいいやみたいな感じになっています。昔は電柱のない場所を探して撮影していました。そういうコストは安くなりましたね。

一方で、今は消し作業がけっこう多くなっていて、ポストプロダクションというんですけど、そこにお金がかかるようになっています。デジタルも仕上げ作業に時間をかければかけるほど、よくなるんです。撮影の現場よりも、むしろポストプロダクションでお金がかかる。そして、ポストプロダクションにお金をかけたかかけないかの差は映像に出ます。日本映画が海外であまり売れなくなったのは、それもあるのかなと感じています。アート映画の場合、フィルムで撮った場合は、現像のタイミングの処理とか、あとはせいぜい音の良し悪しだったわけなんです。ポストプロダクションのお金の違いで、そんなに開きはなかったんですけど、今は予算の差がもろに映像に反映されるんですね。

日本では、アート映画で商業ベースに載らない作品は、どうしても予算がありません。ところが海外では助成金が豊富なので、アート映画でも3億円とか、たくさんお金をかけて作っているんです。日本では、その10分の1ぐらいの予算しかないので。そうすると映画のクオリティが落ちます。フィルムの場合は撮影がよければ絵もいいので、カメラとレンズの違いくらいなんですけど。

―― 一方、デジタル化されてよくないところは、どういうところですか。

小川 よくないところは、フィルムで撮っている場合だと、撮影現場の話では、お金がないから、あんまり回せないわけです。そうすると、「この一発で決めるぞ!」という緊張感はフィルムのほうがありましたよね。デジタルだといくらでも撮れちゃうので。「じゃあ、こっちも撮っとくか」みたいな感じにはなるけど、フィルムは限りがありますからね。デジタルは際限がないので。ディスクがいっぱいになったらディスクを取り替えればいいだけなので。それから、カメラも性能が劇的によくなっているのですが、レンズと照明にお金がかかります。その良し悪しで、画質が決まってくるみたいなところはあります。

それから、アマチュアの人でも映像を作れる時代になりましたよね。昔は一部のプロだけしか触れなかったものが、今は誰でも作れるようになっていて、結果的に映像の生産価格が落ちて、安くなっています。消費者も映像を高く買ってくれないということなので、宣伝広告を大々的に打って、大量の人を動員して、みんなが観る作品じゃないと、映画会社や出資者もお金を出さないということになってきました。デジタル化で一番困ったことはそれかなあ。

アナログの時代は、ビデオをパッケージで販売していました。ビデオ屋さんやレンタルショップを介して消費者の手に渡っていたわけですが、その時代は、人間が介入する余地があったので、映画好きの店長の嗜好性が売り上げの本数に反映されたりしたんです。ところがデジタルになって、ダウンロード販売とかサブスクとかになると、そこには嗜好性が入ってこないので、多様性が失われていくということがありますよね。コンビニの売れ筋商品がどこもだいたい同じというのと一緒で、多様性がなくなり、みんな同じ映画を観るみたいなことになってきました。

僕の仕事は、みんなが同じようなものを観ているところに、どうやって違う内容のものを観てもらえるかなんですね。そうするとやっぱり、パッケージを派手にして、キャストが重要みたいなことではあるんですけどね。キラキラの青春ものは需要があるので、同じような作品がいっぱい並ぶのですが、そうじゃない『ナラタージュ』みたいなドロドロの話もあっていいなと思っても、それをそのまま出しても観ないから……みたいなことになります。プロデューサーは今、力量を試されています。けっこうしんどいですよねえ。

―― 小川さんの仕事自体は、このデジタル化によって何か変化ってありましたか。

小川 世の中がデジタル化によって便利になっているから、会社を経営するのもコストがかからなくなっているので、一人で起業して会社を作ってもできているのはデジタル化の恩恵だと思います。携帯電話とパソコンがあれば、十分みたいな。それは映画とか関係なく、世の中全体の社会のインフラの問題ですけど。それから、映像がブロードバンドで、ストレスなく観られるようになったというのは大きいですよね。映画業界の人は、みんなで集まって話をしないといけないという風習があるのですが、それでもコロナ禍ではオンライン会議をできるだけ活用しました。

最後まであきらめずに一緒に走り続ける

―― 最後に、これからこういうものをやっていきたいという抱負はありますか。

小川 先ほどもいいましたが、映画がデジタル化したことによって、映画の多様性が失われつつあります。企画は、メジャーな作品しかなかなか通らない状態です。さらに、自宅でNetflixとか、配信で観られちゃうので、そっちのほうがいいじゃんみたいな動きにになりつつありますね。だから、自分も配信ドラマは手がけなければいけないなと思っています。

一方で、もうちょっと低予算で小規模でいいから、自主映画っぽいのを作って、それを売って回していきたいという思いはあります。企業からお金を集めるのではなく、自分たちのお金、賛同してくれる人のお金だけで映画を作るみたいなイメージです。そういうものにも挑戦していきたい。そして、自分たちだけで作った映画が、デジタルインフォによって、世界配給ができるみたいなことになるといいなとは思っています。そういう未来が10年後にはあるような気がしています。

小川真司さんは「映画の多様性が失われつつある」と警鐘を鳴らす。

―― 韓国の映画業界とも交流がありますよね。

小川 『ジョゼと虎と魚たち』が韓国で人気があって、韓国にはKOFIC(Korean Film Council、韓国映画振興委員会)という映画の文化庁みたいなところがあるんですけど、そこに呼ばれて講師をやった関係で、韓国の映画業界に知人は多いんですね。マーケットが日本だけというのが限界に来ているから、海外に目を向けるというのは、たぶん大きな流れとしてはあると思います。

―― 映画という大勢の人が関わって作り上げるような作品では、プロデューサーの熱意が重要だと思います。それがなければ、壁がいっぱいあって、最後まで行き着けないんじゃないかと思うんですけど……。

小川 それはその通りだと思います。ただ、その熱い思いを持つのが、プロデューサーの場合もあるし、監督の場合もあるし、キャストの場合もあるし、いろいろあると思うんですね。ただ、誰かが熱い思いを持っていないと、その作品が特別なものにはならないというのは、その通りだと思います。ただその思いを持つ人はいろいろパターンがあって。一人が最初に思っていて、みんなが、全員が同じ思いを持つというケースももちろんあって。たとえば『ジョゼと虎と魚たち』とかは、そういう感じだったんですけど。僕の場合は誰かがやりたいと言ったものを、そこに参加して一緒に形にしていくというパターンが多いですね。やりたいと言った人にのっかるというか、その人と最後まであきらめずに一緒に走り続けるみたいな感じですね。

『浅田家!』は自分の企画なので、最初からずっと温めてコツコツと作っていくみたいな感じで作りました。そういう作品をこれからも作っていきたいと思っています。

筆者プロフィール:とよおかあきひこ

フリーランスのエディター&ライター。大学卒業後、文具メーカーで商品開発を担当。その後、出版社勤務を経て、フリーランスに。ITやデジタル関係の記事のほか、ビジネス系の雑誌などで企業取材、インタビュー取材などを行っている。

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