オンラインショッピングでこれだけ売り上げる秘訣は何か

実は評者は数年前から、薬機法(医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律)の認可を取得して、ペット用血圧計の製造販売業を手がけている。価格も1台3万円程度と、本書の著者が販売しているシャワーヘッドに近い。問題はスポーツ施設やスーパー銭湯などいたるところに置かれている人間用血圧計と異なり、ペットの血圧測定そのものが認知されていないこと。以前、都内のオシャレな街で開催されたマルシェで「ペットの無料血圧測定」を行ったら、ワンちゃんを連れた上品そうな方々が「あら、ペットに血圧ってあるんだ」と驚いていた。

オンラインショッピングでこれだけの成果を挙げている著者と、評者の違いは何なのか。興味をもって読み進んだ。

消費者に納得して買っていただく

1台40万円の高額なスチームクリーナーなどの訪問販売は、強引なセールスで注文を取ってくることがあり、社会的問題にもなった。著者は「訪問販売というと、何か特別なテクニックや押しの強さが必要な、セールスの特殊ケースを受け止める人がいると思いますが、そうではありません」「テクニックだけで強引に売れば、すぐにクレームになりクーリングオフ(契約後の契約撤回)になるだけです」という。

白紙の状態である顧客と1対1で向き合い、どういう商品なのかを理解してもらい、自分に新しい価値をもたらすことを認識してもらい、お金を出す決断をしてもらう必要があるのだ。著者は「販売後のクレームは1件もありません」という。

さすがに1台40万円の商品を飛び込み訪問ではドアも開けてくれないだろう。最初は上司から与えられた候補リストを使い、片っ端から電話をかけ、訪問のアポイントメントを取る。売れないことには歩合給が入ってこないので必死になるのだが、1日300件電話をかけても結果が出なかったという。

そこで著者はアポイントメント専門従業員の話し方を研究した。声のトーンや話し方、警戒心を解いてもらうような話題の提供などについても工夫を重ねた。それから2週間、ようやく4件のアポイントメントが取れて外訪専門になれた。訪問販売は1ユーザーに1回しか訪問しない。再訪はないのだ。1回で商品を納得していただき、契約してもらうクロージングまで進めないと成果は出ない。

最初のうちは、アポイントメントが取れて訪問までこぎつけても契約してもらえない状態が続いた。そこで重視したのが先輩を相手にしてのロールプレイング。あえて厳しい反応をしてもらうように頼んだり、逆にスランプに陥っているときは購入に前向きな顧客の役を演じてもらい、売れるイメージが沸くようにしてモチベーションを上げたという。

モノ売りから体験売りへ

スチームクリーナーは一度購入したらそう簡単に2台目を買ったりしない耐久消費財である。訪問販売への規制は厳しくなり、消費者の警戒心は高まり、名簿は入手しにくくなり、日中は留守の家庭が増え、固定電話の加入者が減るという八方塞がりの状況になってきている。

そこで著者は支店長になったのをきっかけとしてビジネスモデルの転換をはかった。モノを一つ売ったら終わりという従来のビジネスモデルから、何度も利用してもらえるハウスクリーニングのサービスへと支店ぐるみでビジネスモデルを変えたのだ。まずは低額でのお試し清掃サービスから始め、防汚コーティングなど付加価値の高いサービスへと結びつけ、最終的には定期清掃などを受注して優良顧客として組織化した。

スタッフの役割も変えた。スチームクリーナー販売では人当たりが良く、説得力を持つ人がいい成績を上げることができる。だが、ハウスクリーニングでは段階ごとに担当者に求められる適性が異なる。

第1段階ではコミュニケーション力を重視するが、押しの強さや技術的な深い知識は必要ない。お試し価格での清掃サービスから定価清掃に繋げる第2段階では高い作業レベル、技術的な知識、営業力が求められる。この段階が上手くいくかどうかで工程全体のパフォーマンスは大きく左右される。第3段階はすでに顧客との信頼関係は構築されているので、真面目だけどコミュニケーション力が弱いという、通常の営業会社では不向きとされている人でも十分に力を発揮できる。

3段階の分業制にして採用することにより、有力な人材確保に繋げることができたという。

経営陣に理解されず、新会社を立ち上げる

こうして実績をあげた著者だが、会社全体では異端児だったという。経営陣を含め、支店長クラスはスチームクリーナーの販売、モノを売って利益を上げることしか頭にない。顧客との継続的な関係づくりなど面倒だと拒絶されてしまったのだ。だが、著者の支店は他支店が売上を落とす中で好成績をあげ、利益は全支店のトップとなった。それでも、他支店は新しいビジネスモデルに興味を持たず、経営陣の無理解が続いた。著者の支店の利益は支店のスタッフに十分に還元されることがなく、本社に吸収されてしまうだけで、モチベーション維持が難しくなってきた。

結局、著者は11年間在籍したスチームクリーナー訪問販売会社を退職し、新たにハウスクリーニング会社を立ち上げた。新会社はそれまでのノウハウを活かし、適性に合わせてスタッフを各段階に振り分け、トークスクリプトも用意した。ライバルも現れたが、お試し価格から次の段階へと繋げるノウハウやトークの準備ができておらず、お試しで終わってしまうことが多く、著者のビジネスは揺るがなかったという。

キラーコンテンツを見つけ、ECサイトに参入

ハウスクリーニング会社を設立してほぼ10年後となる2019年、かねてから準備を進めていたEC事業への参入を決断した。そこで出会った画期的な商品が石けんや洗剤を使わずに油性ペンの汚れをみるみる落とすシャワーヘッド。著者はすぐにメーカーと連絡を取り、EC正規販売代理店契約を結んだ。さらにそのシャワーヘッドが民放テレビ局の情報番組で紹介されることを知り、その放送日に専用ECサイトのオープニングを合わせることにした。

サイトがオープンし、テレビ放送が始まるとアクセスが殺到し、ECサイトがダウンしたほど。その1日だけで約800本、想定していた8か月分を売り切ってしまったという。メーカーも想定外の事態となり、在庫切れ。納品まで3か月、4か月待ちという状態となってしまい、それが逆になかなか買えないすごいシャワーヘッドがあるという噂を呼び、さらに購入申込に拍車がかかった。結局、1か月弱で合計3,000本、約1億5,000万円を売り上げた。

EC販売では他店との差別化が難しい。いかにしてブランディングをはかるか、信用を得るかが肝心だ。そこで、シャワーヘッドメーカーと交渉し、会長の独占インタビュー動画をサイトに掲載し、商標の独占使用契約も締結し、さらなる差別化を実現した。

広告費にも躊躇せずに投資した。インターネット広告はお金を投下すればするほど、自動的に売上もあがる。著者は、当初年間2億円とした広告予算枠を取っ払い、6億円もの費用を投入した。著者は「これが『強者の戦略』です。広告に大胆に費用を投じることでキーワード単価を上げ、他のサイトが従来と同じ広告資金を投じても、単価が上がっているために効果は押さえられる」「多くのサイトが広告への資金投入が限界に達して消えていき、私の会社の売上はさらに拡大、EC販売サイトトップとしての優位性はさらに確かなものになりました」と述べている。

スタートダッシュに成功した著者は、テレビCM、ECサイトのブランディング強化、ランディングページの改善、リアルなイベント展開など様々な工夫を重ね、正規販売代理店としてトップの地位を確実なものとしている。

翻って、評者の会社は広告予算に何億円も投入する余裕はない。そこではどうやってもかなわない。だが、著者が最後に述べている言葉「売れるかどうかは小手先のテクニックで左右されることではありません。リアルとネットを組み合わせながら的確にマーケティングを推進し、魅力あるコミュニティを創造する──私たちはそのような存在へと成長することで、世の中のあらゆる売れない悩みを、売れる喜び、買える喜びに変えたいと思っています」は、大いに励みになった。本書はECサイトに限らず、あらゆる「販売」に悩んでいる人にとってお勧めの一冊だ。

まだまだあります! 今月おすすめのビジネスブック

次のビジネスモデル、スマートな働き方、まだ見ぬ最新技術、etc... 今月ぜひとも押さえておきたい「おすすめビジネスブック」をスマートワーク総研がピックアップ!

『1000人のトップセールスをデータ分析してわかった 営業の正解』(山田和裕 著/かんき出版)

『営業の正解』というタイトルを見て、違和感を抱く人もいるかもしれません。「営業に正解などない」「営業は属人的なもの」「営業が100人いたら、100通りのやり方があっていい」。そう教えられ、その考えに染まってしまっている人にとっては、今まで信じていた常識が根底からくつがえされてしまうからです。実は、業種・業界を超えて「できる営業」に共通する成功特性があります。それが“営業の正解”です。この本は、1000人以上のトップセールスにヒアリングを行い、そのノウハウを標準化・見える化して見えてきた、 共通する成功特性 = “営業の正解” のエッセンスを48にまとめたものです。「できる営業」と「できない営業」 のよくあるパターンを対比させながら、営業の悩みに答える形で正解を導き出します。(Amazon内容紹介より)

『AI分析でわかった トップ5%セールスの習慣』(越川慎司 著/ディスカヴァー・トゥエンティワン)

800社、2万1000人の営業職をAI分析で徹底解剖! 本書で紹介している「5%セールス」とは、単に営業成績が上位5%というだけではありません。運に左右されずに安定して成果を出すメカニズムを見出すべく、「3年連続で目標を達成している人」という条件を含めました。つまり、3年連続で目標を達成し続けて、かつ社内の営業成績が上位5%に入っている人を「5%セールス」としたのです。5%セールスは成果を出す習慣を身につけているので、他部門へ異動しても、他社へ転職しても、良い成績を出し続けます。5%セールスには、意外な共通点がありました。5%セールスの特徴を一般的な「その他95%セールス」が9か月間真似をしてみるという「再現実験」を、のべ2万1000人で実施しました。こうした再現実験を特別に1万時間以上行い、再現性の高かった行動習慣をまとめたのが本書です。(Amazon内容紹介より)

『マーケティング思考 業績を伸ばし続けるチームが本当にやっていること』(山口義宏 著/翔泳社)

マーケティングを強化したのに期待したほど業績が伸びない。その理由は企業のマーケティング人材が“木を見て森を見ず”の状態だからです。その施策は、「誰に?」(顧客理解)、「何を」(顧客価値)を届けるものなのか? 事業フェーズ上の優先度は妥当なのか? 施策やツール活用を目的とせずに本質的な問いをもって働く人を増やし、最適な判断ができる組織・チームへ。本書は企業が陥りがちな落とし穴に焦点をあて、B to C、B to Bを問わずに成果を出せる組織・チームの要件と育成法を紹介します。(Amazon内容紹介より)

『日本の消費者はどう変わったか: 生活者1万人アンケートでわかる最新の消費動向 』(松下東子、林 裕之 著/東洋経済新報社)

野村総合研究所の「生活者1万人アンケート調査」では、1997年から3年ごとに日本の消費者のトレンドを追いかけているが、コロナ禍を経た直近の調査では、景況感が悲観に振れたにもかかわらず、「幸福度」や「生活満足度」は伸びた。コロナ禍の中でもしなやかに順応し、穏やかで控えめな「幸せ」を見つけている、現代日本の消費者の意識・行動や、今求められるマーケティングの方向性を解説する。訪問留置法による大規模アンケート調査を実施し、インターネットの利用によらない日本人の縮図を長期時系列で把握している。生活価値観や人間関係、就労スタイルなど、日常生活や消費動向全般の幅広い項目のデータを取得しており、生活者のリアルな実態がくっきりとみて取れる。(Amazon内容紹介より)

『リスキリングは経営課題~日本企業の「学びとキャリア」考』(小林祐児 著/光文社新書)

「リスキリング」とはひらたく言えば、業務上の技術や専門スキルを新しく獲得すること、そしてそれを企業が従業員に促進することである。DX(デジタル・トランスフォーメーション)とあわせて普及しつつあるこの言葉は、「生涯学習」「リカレント教育」などと同じく、広く大人の「学び直し」と捉えられる。しかし、残念ながら日本の社会人のほとんどは、学びへの意欲が極めて低い。統計データからも、大人が世界一学ばない国であることが明白だ。これは決して個人の「やる気」不足のせいではなく、日本企業の働き方やキャリアの「仕組み」に起因する。大人の「学びの貧困」を解消するために必要な構造改革とは何か。幅広い調査データや学術知見を基に、日本企業がリスキリングを通じて生まれ変わる方法を提言する。(Amazon内容紹介より)
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著者プロフィール

土屋 勝(つちや まさる)

1957年生まれ。大学院卒業後、友人らと編集・企画会社を設立。1986年に独立し、現在はシステム開発を手掛ける株式会社エルデ代表取締役。神奈川大学非常勤講師。主な著書に『プログラミング言語温故知新』(株式会社カットシステム)など。