リスキリングとリカレントとは?

本書のタイトルにもなっている「学び直し」。英語にするとリスキリングリカレントだが、明確に定義が決まっているわけではなく、主に企業など雇用側が主体となって職業能力の再開発を行うのが「リスキリング」、個人を主体とした生涯学習を指すのが「リカレント」と言われている。

50歳というと、一般的な会社員にとっては、昇進して部長や取締役へ進める人と、昇級が止まり、子会社への異動を勧められたり退職をほのめかされる肩たたきにあう人に、明暗がはっきり分かれてくる年齢だ。企業にとって雇用を続ける価値がある人はリスキリングの対象となるだろうし、早期退職を迫られる人は余生をリカレントで充実させる必要があるかもしれない。

本書で詳解されているリスキリングの実例は、MBA取得、データサイエンティスト(統計検定)、Webマーケティング、情報セキュリティ(情報セキュリティマネジメント)、ビジネス法(行政書士)、中小企業診断士、大学教員、英語上達、情報収集術など。一方のリカレントは、歴史、宗教学、文化人類学、数学、物理学、美術鑑賞力といったものだ。

独立のためのリスキリング

本書で紹介されているリスキリングは、前に述べた一般的な定義からは少し外れている。企業として50歳代の幹部候補社員にMBAやデータサイエンティスト、Webマーケターを期待するのは想像しにくく、全体として副業や転職、独立を志向したものだと考えられる。

MBAは「Master of Business Administration」の略であり、日本語では「経営学修士」という。MBAを取得するためには大学院修士課程に通い、定められた課程を修了しなければならない。社会人向けに夜間や週末に開講する大学院もあるが、昼間はビジネスパーソンとして激務に励みつつ、これまたハードな大学院での研究を1~2年続けることを両立させるのはなかなか難しいだろう。

『Webマーケティングに挑戦』という章では、「初心者でもWebマーケティングを実践できる方法として、ブログの運営がある」という。だが、初心者に企業の公式ブログ運営を担当させることはあり得ない。下手すると炎上して、企業に損害を与えることにもなりかねない。仕事とは関係なく、自分が興味を持っているテーマでブログを運営するなら理解できるが、そのようなブログではマーケティング、売上やCTR(クリック率)、CVR(成果率)を考えることは少ないだろう。むしろ、オンラインショップを開く方が実践的だ。多くのECサイトでは売れなくても固定費が徴収され、赤字になってしまうため、必死になってWebマーケティングに取り組むだろう。

中小企業診断士や行政書士は企業を退職・独立することが前提となる。一般企業で、社員として中小企業診断士や行政書士を抱えている、というのは聞いたことがない。逆に言えば、こういった資格を取得しておくことは独立には有利だ。本書では紹介されていないが、技術職の人だと技術士という資格もある。英語ではProfessional Engineer、国家認定の技術コンサルタントだ。

大学教員に関する章では、著者は国立大学法学部を卒業後、都銀に就職して経済調査関係の業務を長年担当し、途中退職して私立大学経済学部の助教授に転じたという経験を語っている。

時々教授や准教授(助教授)といった大学教員の公募があるが、ほとんどの場合、博士号を持っていることが必須条件となっている。国文学や歴史学といった人文系でも博士号必須、たまに修士号でも可というのがある程度。著者は銀行員時代にUCLAに留学し、MBAを取得しているので経済学修士だ。

教養としてのリカレント

第2章のリカレントは「40~50代に必要な教養を身に付ける」ということで、教養や趣味を深める事例となっている。

歴史については『なぜ歴史を勉強するのか。その問いに対しては、「過去を知り、現在を知るため」「現在の問題のルーツを知るため」といったことが挙げられる』という。たとえば、ロシアのウクライナ侵略について。もともとロシア人とウクライナ人は同じスラブ民族で、ルーシを名乗っていたが、ルーシの本拠はウクライナのキーウ。15世紀にモスクワ大公がロシア人勢力を統一し、ウクライナ人を取りこんだ。だからウクライナ人にとっては傍系にすぎないモスクワ大公国には正当性が無く、自分たちの歴史を奪った勢力に見える。こうした歴史的関係を知ることで現在のウクライナ戦争のバックボーンを理解することができるという。

残念なのはページ数の関係もあるのだろう、各事例が「浅い」ということ。たとえば、数学は8ページ、物理学については5ページ、文字数にして2,000~3,000字ぐらいしかない。これでは各分野のイントロだけで終わってしまう。元の「週刊東洋経済」2022年10月22日号の特集が各項目1ページから2、3ページで構成されていたので、それを加筆したとしても分量不足は否めない。

50代から身に付ける教養には、もっと深いものが求められるのではないだろうか。

学ぶ手段、方法は様々

3章の「学び直しのための基礎知識」では、実際にリスキリングやリカレントを学ぶ場や支援策を紹介している。2022年10月の臨時国会において、岸田首相は所信表明演説で「個人のリスキリングに対する公的支援は、5年間で1兆円のパッケージに拡充する」と表明した。今年5月16日の新しい資本主義実現会議の場でまとめられた、「三位一体の労働市場改革の指針」では教育訓練給付などの個人経由を現在の237億円から倍増させることが示されている。

本格的に学ぶのであれば、放送大学や社会人向け大学院に入学するのがいいだろう。興味のある分野をピンポイントで学びたい人には科目等履修制度や聴講制度、職業実践専門課程などがある。他にも各種資格スクール、オンラインセミナーなど様々な学びの制度が用意されている(独学もできる)。大学レベルの講義累計610講座を無料で学べるJMOOK、京都大学の授業動画など6,300件を越えるコンテンツを無料公開している京都大学OCW(オープンコースウェア)などもある。

50代になれば、部下があげてきた案件を決裁する立場になる。最新・最先端の技術について100%理解することは難しいが、「分からない」と判断を忌避することはできない。企業人である以上、少なくともその案件が会社にとってどのような影響を及ぼすのか、市場に受け入れられるのかを采配する知識は不可欠だ。

私たちは生きている限り、常に新しいことを受け入れ、学ばなければならないだろう。それを苦行と捉えるのか、楽しいと思うか。本書は50代で転職・独立を考えている人、これからの長い人生をより充実させたいと考えている人にお勧めだ。

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著者プロフィール

土屋 勝(つちや まさる)

1957年生まれ。大学院卒業後、友人らと編集・企画会社を設立。1986年に独立し、現在はシステム開発を手掛ける株式会社エルデ代表取締役。神奈川大学非常勤講師。主な著書に『プログラミング言語温故知新』(株式会社カットシステム)など。