物流業界でもKawaii経営

本書は企業経営にKawaiiを取り入れた「Kawaii経営戦略」の考え方を提唱している。著者は国際的コンサルタント企業のPwCコンサルティング合同会社ディレクターである高木健一氏と、株式会社サンリオエンターテイメントの小巻亜矢社長。高木氏は幸福度を起点とするパーパス経営の第一人者であるし、サンリオといえば「Kawaii」の代名詞であるハローキティを擁し、『世界的な日本語である「Kawaii」を典型的に体現する企業』だ。

「Kawaii」という言葉は、日本語の「可愛い」を語源とするが、21世紀になって世界中に広まり、通用するようになった言葉の一つと言われている。英語では「Cute」がそれに近い意味を持っているが、Cuteには「未熟」「幼児的」というやや否定的な意味合いがある。Kawaiiには相手を見下す要素はなく、Kawaii以外に表すことのできない「かわいい」なのだという。

「Kawaii経営」は、キャラクタービジネスやエンターテイメント企業だけが取り入れるもので、一般企業は関係ないと思われるかもしれない。たしかに紹介されている実例としてはサンリオ、ベネッセ、セガといったサービス系の企業やロボット掃除機ルンバ、Amazonの音声認識サービスAlexaなどの家電製品が中心だ。

だが、「Kawaii」とは一見縁遠そうな企業もKawaii経営戦略を取り入れているという。たとえば、カンガルー便で知られる西濃運輸。同社はサンリオと提携し、ハローキティとのコラボレーションを行っている。ハローキティの基本理念は「ボーダーレス・他者理解」「親善、友好の象徴」「普遍的な思いやりの体現者」「社会貢献」であり、西濃運輸の掲げる「輸送立国」「すべての人に笑顔と幸せをお届けする」に通じているというのだ。

物流業界が直面している「人口減少による労働力不足」と「グリーン化」に対応すべく、ハローキティの「発信力」「認知度」「好感度」を活用し、西濃運輸の社名および社内外への取り組みの認知を上げるとともに、「売上増、コスト減、利益増」にも結びつけている。実例としては優良運転手に「キティちゃん&カンガルーステッカー」を贈り、車体にハローキティのイラストを描くなどの取り組みを行っている。これにより、承認欲求が満たされ、他人から見られる意識が高まることを通じて事故件数が減少し、運転手の安全意識が向上したというのだ。

もう一つの例ではタクシーの三和交通が取り上げられている。横浜市に本社を置く同社はネクタイ姿で踊る「TikTokおじさん」のコミカルな動画が大ヒットするなど、SNSを積極的に活用している。三和交通がSNSを活用する最大の理由は若手の採用だ。タクシー業界では運転手の高齢化が進んでおり、全国平均は60歳だが、三和交通は平均49歳と、11歳も若い。これはSNS活用の成果だ。『Kawaiiには一見関わりのなさそうな中高年男性(おじさん)が抜け感のある「素」をさらけ出すことで、Kawaiiと感じてもらうことや、それにより親しみやすさを感じてもらうことができる』というのだ。

Kawii経営戦略の6段階

Kawaii経営戦略の進め方が以下のように述べられている。Kawaiiを幸福度マーケティングに組み込んだものが「Kawaii経営戦略」ということだが、それは以下の6段階だという。

①パーパス(再)定義・戦略策定
②Kawaii×幸福度調査/診断
③メカニズム特定/幸福度・LTV向上計画策定
④KPI策定/KPIマネジメント・ガバナンス設計
⑤実行/モニタリング
⑥継続的な能力強化

この中で「Kawaii経営戦略」ならではの指標というと②の「Kawaii×幸福度調査/診断」ではないだろうか。「Kawaii感応度や幸福度、加えて回答者の性別、年代、年収、居住地域などの基本属性、商材・サービスに応じた顧客の購買行動に関する質問、その他重要な質問項目を組み込んだアンケート調査を行うことが必要な作業となる」という。

実例としてサンリオエンターテイメントはPwCコンサルティングと共同で行った「従業員Kawaii実態・幸福度調査」の結果が述べられている。サンリオエンターテイメント従業員の平均幸福度は全国平均よりも極めて高かったが、同時に14%の従業員は幸福度が低いという課題も見えたという。元祖Kawaii経営戦略企業でも、それを全社で共有するのは難しいようだ。

Kawaii経営戦略への人材はハイスペック

3段階目のメカニズム特定/幸福度・LTV向上計画策定を実現するには、多様な価値観・知見を持つメンバーをプロジェクトに組み入れることが何より重要だというが、その資質がすごい。「MBAホルダーで戦略やマーケティング関連のプランニングに強みを持つシニアメンバー」「脳科学や自然科学のアカデミックなバックグラウンドを持ち産学連携経験豊富なシニアメンバー」「海外経験豊富で学生時代に起業経験のあるジュニアメンバー」「代理店出身でデザインシンキングに強みのあるシニアメンバー」でプロジェクトを組めと書いてあって、笑ってしまった。部外の人材どころか、全社や社外の人材を活用したとしても、とうてい実現可能とは思えない。

最後に高木氏は『「個人レベルのパーパス」を徹底的に可視化・言語化』し、『自身の属する組織・団体のパーパスとどのようにオーバーラップしているか』を把握し、『「Kawaii経営戦略」を活用いただきたい』と結んでいる。「Kawaii経営戦略」を自社の方針として掲げるか否かに関わらず、Kawaiiを切り口に経営のあり方を「Kawaii経営戦略」6段階に基づいて見直すことは価値があるだろう。自社はKawaiiに縁がないと自分では思っている中高年男性にも本書を一度手にすることをお勧めする。

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著者プロフィール

土屋 勝(つちや まさる)

1957年生まれ。大学院卒業後、友人らと編集・企画会社を設立。1986年に独立し、現在はシステム開発を手掛ける株式会社エルデ代表取締役。神奈川大学非常勤講師。主な著書に『プログラミング言語温故知新』(株式会社カットシステム)など。