働き方改革のキーワード - 第29回

第三波を招いた「正常性バイアス」に対抗するには?


「想定外」ではすまされない――BCPは平時に準備すべし

人間はパニックや正常性バイアスによって不可解な行動をとる。企業は個々人の努力に頼らないBCP(事業継続計画)を平時より準備することが必要だ。「想定外」という言い訳は、いまや問題外と評価される時代になりつつある。

文/まつもとあつし


「気の緩み」はどこから来るのか?

 新型コロナウイルス(COVID-19)の感染拡大が続いています。第三波ともされる今回の流行ですが、三度目であるにも関わらず、なぜ万全の対策が取られないのか、疑問に感じる人も少なくないはずです。そこでよく指摘されるのが「気の緩み」です。しかし、感染すると深刻な影響があることも緊急事態宣言や著名人の死去などで、つい半年ほど前に私たちは経験し、実感したはず。ここには人間の「認知」とそこから導き出される判断、そして行動が必ずしも合理的ではないことが関係していると考えられます。

 私たち人間には不十分な情報でも判断しようとする「本能」が備わっています。これは、かつては肉食獣に捕食される側であった、非力な哺乳類だった時代の習性が影響しているという見方もあるくらいで、危機を前にすれば、あれこれと考える前になんとか身を守る動作を取れるようになっているわけです。しかし、この本能が本来、後から合理的に考えれば首をひねるような行動に私たちを向かわせることがあります。新型コロナウイルスのような生命に関わるリスクを目の当たりにしたときに、集団としても一種のパニックに陥ってしまうのもこの本能が働いてしまっていると言えるでしょう。

 またこれとは逆に、いまの状態を安全だと思いたい心理=正常性バイアスにも私たちは囚われがちです。電車で隣の車両から火が出たり、船が傾き沈みはじめていることは明らかなのに、「慌てなくてもまだ大丈夫だ」とその場から動かないことを選択した結果、悲劇的な結果となってしまうといった事故が毎年のように起こります。経験則、つまり日常であれば「安全であった」という経験が、通常とは異なる状況が現れた際には、かえって合理的な判断の妨げとなるのです。

 パニックを起こして不合理な行動を取ったり、あるいは経験に縛られて合理的な行動を取れなくなる。私たちは危機を目の当たりにするととても弱い生き物であることを思い知らされます。非常時にこのどちらにも引きずられることなく、合理的な判断をできると胸を張れる人は限られますし、ましてや、それが集団・組織となったときにはむしろ合理的な判断は行われない、という前提に立って備えをしておくより他ないと考えられます。

 つまり第三波を招いた一因とされる私たちの行動も、油断や「気の緩み」といった心の持ちようで回避できるものではなく、人間の心理や行動を踏まえた「対策」でしか防ぐことができないものなのです。

「大企業と中堅企業のBCP策定状況」令和2年版 防災白書より。

人間の心理に基づいたBCPを平時に準備

 パニックや正常性バイアスを避けるには、徹底した科学的な判断が求められます。例えば新型コロナウイルス対策であれば、適切な方法での手洗いや消毒が呼びかけられていますが、残念ながら身の回りを見ても、新型コロナウイルスには有効ではない濃度の消毒液も目につきますし、健康被害につながるとして推奨されていない空間散布も相変わらず行われていることがあります。「効果があるかわからないがやった方が安心する」「形だけ対策していれば安心だろう」といった、科学的根拠に基づく「安全」よりも、深く考えなくて済む「安心」に飛びつく人間の心の弱さがそこでも見て取れます。

 この連載でも取り上げたことのあるBCP(事業継続計画)を「平時」、つまり落ち着いて合理的・科学的な判断ができるタイミングで用意しておくことが重要となります。いったん危機が生じてしまえば、ただでさえ緊急対応を迫られるうえに、パニックや正常性バイアスなどの心理が判断の妨げになってしまうからです。

 現在のコロナショックとも言える状況がいつまで続くかは見通せない状況ですが、いずれ終息の暁には、まず祝杯を挙げるまえに、記憶や記録が引き出しやすいうちにBCPのアップデートや、未策定の場合はこの経験を活かして作成をすることをお勧めしたいと思います。ここ数年を振り返っても「まさか」と思うような事態が当たり前のように起こる時代となっているからです。「想定外」の出来事だった、という反省の弁は「問題外」と評価される時代にすでになっていると捉えた方がよいでしょう。

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筆者プロフィール:まつもとあつし

スマートワーク総研所長。ジャーナリスト・コンテンツプロデューサー・研究者(敬和学園大学人文学部国際文化学科准教授・法政大学/専修大学講師)。ITベンチャー・出版社・広告代理店・映像会社などを経て、フリーランスに。ASCII.JP・ITmedia・ダ・ヴィンチなどに寄稿。著書に「コンテンツビジネス・デジタルシフト」(NTT出版)「ソーシャルゲームのすごい仕組み」(アスキー新書)など。