近未来予測の難しさも

2022年度版は昨年、2021年10月に執筆されている。当時は半導体不足によるさまざまな電子機器の納期遅延が問題になりつつあり、経済安全保障をめぐる米中対立も激しさを増してきた時期でもある。それでも本書では

・コロナ渦による社会行動の変化は、IT市場全体への追い風となる
・コロナ渦は、2021年度内には収束へ向かい、国内消費は加速する

というやや楽観的な前提で書かれている。

だが、2022年5月現在、日本では景気回復が遅れ、消費は復活したとは言い難い。さらにロシアがウクライナに侵攻して戦争が始まり、急速な円安が進み、素材・原料価格が高騰し、ジャンルを越えて製品の納期遅延が拡大している。執筆陣も予想できなかったに違いない。

携帯電話だけに留まらない、5Gの普及が社会を変える

本書を通して流れている基本テーマは、5Gの普及がIT業界や社会全体を大きく変えるということだろう。当初スタートが遅れた日本国内の5Gサービスだが、国内トップシェアを持つiPhoneがiPhone12の発売で5Gに対応し、ミドルレンジでも5Gを積極的に取り入れてきたOPPO、ZTE、Xiaomiなど中国メーカーの日本進出もあり、サービスエリア、ユーザーとも急速に広まっている。

5Gコンテンツの起爆剤になると見られていた、東京オリンピック・パラリンピック2020はコロナ禍で延期され、予定されていたイベントも中止されたため、十分な効果を上げることができなかった。2025年に開催される大坂・関西万博は未来社会の実験場として5Gや、その次の通信規格である6Gを体験することができるだろう。

Society5.0と6G

総論となる「序章」ではわが国が目指すべき社会像として「Society5.0」が掲げられている。サイバー空間とフィジカル空間を高度に融合させ、経済発展と社会的課題の解決を両立した人間中心の社会だ。

「サイバー空間とフィジカル世界を一元化するCPS(サイバー・フィジカル・システム)を構築し、フィジカル世界をサイバー空間でシミュレート(AIによるビッグデータ解析)し、現実世界へ適時適切にフィードバックすることにより、多様な社会課題の解決と新たな価値を創造する」という。

Society5.0のネットワーク基盤となるのはBeyond 5G、つまり6Gの普及なのだという。5Gの国内サービス提供が始まったのはわずか2年前。5Gが利用できるエリアも徐々に広まっているようだ。2030年には6Gのサービスが始まり、Society5.0を支えることになる。

もっとも2021年の内閣府調査によれば、スマートフォンやタブレットを使っていないシニア層の「スマホ難民」が約2,000万人に達している。Society5.0の実現のためにはスマホ難民をいかに救い上げるかが急務となる。若い世代が彼らにスマホの使い方を教えたり、シニア同士が気軽に相談し教えあったりできる「国民運動」を積極的に広げる必要があるという。

デジタル庁と情報活用

「2027年に向けてICT・メディア市場で何が起こるのか」と題した第1章ではデジタル庁の役割と目指す姿が取り上げられている。その中で主軸となっているのは個人情報保護法改正によるデータ活用ビジネスへの期待だ。

令和3年度に制定された改正個人情報保護法の大きな特徴として、これまで別の法律で規制されてきた国や自治体、独立行政法人の個人情報保護が個人情報保護法に一本化されたことがある。現状はおよそ2,000の自治体などがバラバラの個人情報保護条例を持っており、自治体の垣根を越えた情報活用の妨げになり、「2,000個問題」と呼ばれている。改正個人情報保護法施行によって自治体のデータ連携の課題が解決され、民間における公共分野でのデータ活用も期待されるという。

先日、朝日新聞は警視庁が公開している64万件の全国人身事故データを分析し、名前も信号機もない小さな交差点で事故が多発しているのに、所轄警察署すら把握していなかったことを報道した。警察署が使っているシステムでは名前でしか事故情報を分析できず、見落としていたのだという。行政情報の公開と活用とは、こういうことではないのか。

スマホの販売台数は微減

コロナ禍により、2020年度のスマートフォン販売台数は落ち込んだが、2021年度には回復が見られた。さらに政府の強引ともいえる携帯通話料金引き下げ策により、スマホ市場は再び活性化した。だが、長期的にはスマホの販売台数は減っていくという。スマホ端末の価格上昇や高機能化により、買い替え頻度が下がり、1台の端末を長期間使用するユーザーが増えている。

5Gの普及はようやく加速してきているが、auとソフトバンクが推進している4G周波数帯の5G転用では、とりあえず「5Gで接続できる」という対応エリアを拡大することが主眼となっており、5G本来の性能を発揮できていない。5Gでなくては享受できないキラーアプリ、キラーコンテンツの登場が望まれる。

Netflix一人勝ちから大競争時代となる動画配信

動画配信市場については、有料会員の伸び率が鈍化していることが本書でも指摘されている。

2022年4月、Netflixの会員数が前四半期から20万人減少したことが発表された。この中にはロシアでのサービス停止による70万人の加入者減少があったものの、他のエリアで50万人の新機加入者を獲得して20万人減少に留めたのだが、それでも当初予想していた250万人の増加には遠く及んでいない。今後も解約数が増えることは避けられず、株価も下落傾向が続いている。

Netflixが苦戦している原因の一つとして、他社配信サービスとの競合が激化していることが挙げられている。またディズニーと比べればテーマパーク、キャラクターグッズなどリアルでの市場を持っておらず、スポーツ番組ほどのコアなコンテンツがないこともNetflixの弱点と言える。今さら地上波テレビに視聴者が戻ることはないだろうが、動画配信も熾烈な闘いの場となっている。

メタバースはBtoB市場で普及が進むか

2021年10月28日、Facebookが社名をMeta Platformに変更し、ザッカーバーグCEOがメタバースに注力すると表明したことはIT業界における大ニュースだった。現時点でメタが提供するメタバースはヘッドセットOculus Quest 2を装着し、化身(アバター)をまとってHorizon Worlds、VRChatなどの仮想空間で友人と会話するというもの。仮想経済は今のところ実現していないが、NFT(ブロックチェーン技術を利用した非代替性トークン)を導入したアバターなどコンテンツの売買も導入することで、VR経済圏が誕生すると主張する人もいる。

本書の執筆にザッカーバーグCEOの発表は間に合わなかったのだろうか、本書ではソニーのVRヘッドセットPSVR(PlayStation VR)が家庭向けVR市場を引っ張るキーデバイスと見ている。むしろエンターテイメント市場よりは不動産・賃貸業や医療福祉、災害現場などBtoB市場でVRデバイスの普及が進むという。

本書はさまざまな分野を取り上げているが、美容市場、不動産市場、建設市場など、かなりニッチな市場を取り上げているのに、フィンテック(金融市場)やEV(電気自動車)には触れていないのは残念だ。どちらも注目されている世界的に巨大なマーケットであり、日本が後れをとっている分野でもある。

本書は、テクニカルライターや学者が書いたものではなく、政策立案から現実のIT企業に深くかかわっているコンサルタントの見地の結集だけに、説得力は高い。この1冊を読めば、現在のIT業界の動向を網羅的に掴むことができるだろう。

まだまだあります! 今月おすすめのビジネスブック

次のビジネスモデル、スマートな働き方、まだ見ぬ最新技術、etc... 今月ぜひとも押さえておきたい「おすすめビジネスブック」をスマートワーク総研がピックアップ!

『ITロードマップ 2022年版』(野村総合研究所 IT基盤技術戦略室 NRIセキュアテクノロジーズ 著/東洋経済新報社)

企画部門系ビジネスパーソン、コンサル、SE……。ITをビジネスに活用する企業の経営者や企画部門の担当者、実際にITの開発や運用に携わる実務者。特に自社の技術戦略を検討・策定する企画担当者が年度計画や事業計画の「ネタ本」として使えると感じられる本です。野村総研による「ITロードマップ」調査をベースとし、これから情報技術がどう変わるのか、どのようにビジネス、経済、社会に受け入れられていくのかを予測します。2022年版では、スーパーアプリ、ハイパーロケーション技術、AI2.0、処方的アナリティクスなどについて詳しく解説します。(Amazon内容紹介より)

『2022年 日本はこうなる』(三菱UFJリサーチ&コンサルティング 編/東洋経済新報社)

コロナ危機でデジタル化、グリーン革命が加速。脱炭素化、教育格差、米中対立から企業経営まで今知るべきトレンドと76のキーワードを解説。成長力を高めるチャレンジができるか。これ1冊で最新トレンドがわかる! 【主要目次】第1部 コロナショックを経て、回復と成長への道筋を模索/第2部 2022年のキートレンドを読む/第3部 2022年を理解するためのキーワード(Amazon内容紹介より)

『IT担当者のためのテレワーク時代のセキュリティ対策 安全な業務環境の構築からデータを守る方法まで』(橋本 和則 著/翔泳社)

テレワークという働き方も増え、新たなマルウェア対策や情報漏洩対策など、個人がセキュリティ意識を高める必要が出てきました。そこで本書では、ゼロトラストやBYODなどの近年のセキュリティの知識と、テレワーク環境下だからこそ必要な対策を教えます。セキュリティ担当者の方が本書を読み込んで各PCを設定することはもちろん、必要な設定の要所を把握した後、従業員に簡単な説明だけで設定を任せることも想定して、丁寧に解説しています。(Amazon内容紹介より)

『NEW NORMAL 早稲田大学MBAの教授陣が考えたビジネスの新常識』(淺羽 茂、入山 章栄、内田 和成ほか12名著/KADOKAWA)

早稲田大学MBAで行われた非公開講座を書籍で公開!コロナ禍の2020年に早稲田大学大学院経営管理研究科(WBS)が現役学生と卒業生に向けて非公開連続講座「WBS教授陣の考えるコロナ危機とその後の世界」を行った。WBSの教授陣12名がアフターコロナを見据えて経営戦略、マーケティング、HR(人材戦略)、キャリアといった主テーマについて、今後どんな変化が起きるか、どんな未来となるのかを語ったものだ。本書はこの限定講座を書籍化して公開するもの。著者は名著『仮説思考』の内田和成のほか、ベストセラー『世界標準の経営理論』の入山章栄など総勢12名。研究者の枠を超えたキャリアを持つ執筆陣がビジネスの未来を創造する一冊。(Amazon内容紹介より)

『Digital-Oriented革命 DXが進化した究極の姿を描く』(安部慶喜、柳剛洋 著/日経BP)

社内業務を対象にデジタルトランスフォーメーション(DX)に取り組む企業は多いものの、どこも期待したほどの成果を出せていない。原因は、企業の制度・ルールにメスを入れられず、組織のしがらみを断ち切れなかったために、単なる業務システムの改善で終わってしまっているからだ。この強固な壁を乗り越えるには、大胆な発想の転換が必要となる。 Digital-Orientedの思想はデジタル領域にとどまらず、企業の制度・ルールや業務システムのあり方、組織の構造にまで大きな影響を及ぼす。デジタル化とセットで業務改革・組織改革を進めれば、企業はDXの一歩先を行く未来へと前進できる。 (Amazon内容紹介より)

著者プロフィール

土屋 勝(つちや まさる)

土屋 勝(つちや まさる)
1957年生まれ。大学院卒業後、友人らと編集・企画会社を設立。1986年に独立し、現在はシステム開発を手掛ける株式会社エルデ代表取締役。神奈川大学非常勤講師。主な著書に『プログラミング言語温故知新』(株式会社カットシステム)など。
土屋 勝(つちや まさる)